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東北発の景気回復は本当か

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本格的な景気回復はこれからだ(建築制限がかかる仙台市若林区荒浜地区周辺)(c)時事

本格的な景気回復はこれからだ(建築制限がかかる仙台市若林区荒浜地区周辺)(c)時事

「予期することのできない特別の事情により、工期内に日本国内において急激なインフレーション又はデフレーションを生じ、請負代金額が著しく不適当となったときは(中略)請負代金額の変更を請求することができる」
 宮城県は、県が発注する工事契約について3月から、工事請負契約書にあるこの「スライド条項」を適用し始めた。デフレが進んだから工事代金を下げる、という話ではない。「インフレ」だという認定をしたのである。宮城県のほか岩手県と福島県でも同様の措置が取られた。
 日本経済は長い間デフレに苦しんでいる。日本全体でみればまだまだデフレからの脱却はできていない。ところが、東日本大震災で被災した3県では局所的に「急激なインフレ」になっている、というのだ。どういうことか。

東北で「入札不調」が続くワケ

 震災によって被災地の公共工事が急増した。例えば宮城県が発注した建設工事の一般競争入札件数(本庁分、地方機関分の合計)は2011年度で約1300件。2010年度の1063件に比べて22%も増加した。復興予算の本格的な執行で、この公共工事の増加はまだまだ続く見通しだ。
 ところが、昨年秋からその入札が不調に終わるケースが急増したのである。工事に携わる労働者の不足が顕著になると共に賃金が急上昇。県が示す予定価格では工事を請け負う会社がなくなってきたのだ。
 宮城県でいえば、去年9月以降、この傾向が顕著になり始めた。一般競争入札で誰も落札者がなく「不調」に終わった件数は8月までは数件(入札件数の10%未満)だったが、9月には30件を突破、入札の2割近くが「不調」になった。さらに発注件数が多かった11月には「不調」は50件を超えた。入札件数の3割以上だ。この傾向は続き2月まで入札の2割が「不調」という状態だった。
 これまで東北地方は公共工事が比較的少ない割に、働き手は多い傾向が強く、建設作業員の標準的な日当は全国に比べて大幅に低かった。ところが、被災地では瓦礫処理や建設工事などの急増によって作業員へのニーズが急増。人件費が高騰したのだ。東北地方では震災前は土木作業で日当1万円以下というケースが多かったという。ところが、最近は日当2万円というケースも出ているそうだ。
 県などの自治体が工事を発注する場合、人件費などの見積もり予定価格を決めるが、その予定価格が人件費の高騰に追い付かなかったわけだ。建設会社は事業費が割安な公共工事を敬遠、入札参加を見送る例が相次いだ、という。
 また、公共工事では現場に置くことが義務付けられている「主任技術者」が不足したことも、入札の不調が相次ぐ要因になった。それでも賃金の上昇は止まらないという。
 デフレに喘ぐ日本全体とは180度違う光景が東北に出現しているのだ。

盛り上がる個人消費

 個人消費も急速に盛り上がっている。震災によって多くのものが破壊され、失われた反動という面ももちろんある。だが、賃金が上がり始める事による波及効果は非常に大きい。
 日本百貨店協会によると東北地方の百貨店の売上高は昨年5月以降今年2月まで、前年同月比0%-6.2%の増加を続けている。全国平均では、プラスになったのは6月(0.3%増)と12月(0.8%増)だけで、あとの月は軒並み0.1%から2.4%のマイナスだった。東北の個人消費が好調なのである。
 仙台と東京を比べればその差は歴然だ。昨年11月から今年2月までの仙台の百貨店売上高は11.3%増→10.9%増→7.8%増→7.5%増と高水準で推移した。これに対して、東京は3.0%減→0.3%増→3.1%減→1.8%減と従来の流れを引き継いで低迷した。今年の3月は昨年が震災で軒並み大幅に減少した反動で、東京も含め東日本は大幅なプラスになっているが、東北が突出して売り上げの伸びが高い状況は変わらない。
 週刊誌などでは仙台などの夜の繁華街が大賑わいであることを報じ「東北はバブルだ」としている。バブルと言うと、実体経済以上に景気が過熱していることを指すが、果たしてそうなのだろうか。
 東北の景気が急速に明るさを取り戻しているのは間違いない。だが実際は、東北の景気はバブルではなく、まだまだ序の口と見ていいのではないだろうか。それを類推させる1つのデータがある。

積み上がる預金残高

 日本銀行がまとめている都道府県別預金(家計や企業、政府の預金の合算)を見ると、東北地方だけ突出して預金額が増えている。昨年3月を100とすると、5月に104.3、6月に107.3、12月に108.9といったぐあいだ。これを震災の影響が少ない近畿地方と比べるとその差がはっきり見えてくる。近畿は5月に99.8、6月に99.9、12月に99.5と軒並み減少しているのだ。つまり、東北地方に資金が集まり、滞留していることを示している。この傾向は個人預金だけに限ってみても同じだ。
 震災によって経済活動が停滞したことで、資金が預金として滞留しているとも考えられる。だが、火災保険や生命保険、義援金、東京電力からの原子力発電所災害の見舞金や保証金といった資金が積み上がっていると見るべきだろう。
 注目すべきは、その積み上がった預金がまだ本格的に減り始めていないことだ。つまり、預金を取り崩して使う段階に達していないのである。昨年3月を100とした東北地方の預金は12月になっても108.9で、1月は108.3、2月は108.1なのだ。ジワジワ減っているものの、本格的に減ってはいない。百貨店売上高を見ても分かるように個人消費に回っている資金が大きいにもかかわらず、預金はそれほど減っていないのだ。
 被災地の映像を見ても分かる通り、瓦礫の処理は進んだものの、復興プランの策定や土地改良などが遅れているため、住宅の再建はまだまだ進んでいない。今後、住宅建設が本格化すれば、預金の取り崩しが起きると予想される。住宅建設が増えれば、その波及効果は大きい。さらに個人消費に火が点く可能性があるのだ。
 つまり、高水準の預金が本格的に減り始める時こそ、東北の景気が本格的に伸び始める時だとみていい。預金推移でみる限り、東北の景気回復はまだまだ序の口と言えるのだ。

東北へ向かう人手と建築資材

 景気回復のネックは冒頭の公共事業と同じく「作業員」など人手不足だろう。東北地方では現在、大工や左官といった住宅建設に欠かせないプロの職人が極端に不足している。現在はこの人手不足がネックになって住宅着工戸数のアタマを抑えていると言われる。
 作業員の人件費の上昇が続けば、日本全国からの東北地方への“出稼ぎ”が増えるだろう。これまでの人件費の上昇は、全国的に低かった東北が首都圏レベルに追い付いたに過ぎない。ここから一段の上昇があれば、作業員の全国的な移動が起きるはずだ。そうなると、東北の景気上昇が、全国に波及することになる。
 東日本大震災の後、建設資材の高騰が噂された。住宅再建が急増することで、日本中の建設資材が東北に向かい品不足となるため価格が上昇する、という見方だった。確かに初めの数カ月、コンパネ(コンクリートパネル)と呼ばれる合板などが品薄となったり、仮設住宅資材が不足する局面はあった。だが、それらはいずれも一時的な現象に終わった。この1年、首都圏での生コン(生コンクリート)の価格はほぼ横ばいで、高騰とは無縁だった。

東北の「インフレ」は全国に波及するか

 業界の市況予想では、東北地方の生コン価格は今後「強含み」で推移するとしている。だが実際にはまだ上昇の兆しが出ていない。工事件数自体が増えていないからだ。住宅の新築着工が本格的に始まれば、生コンや木材、タイルといった建設資材の「モノ」の流れも変わる。東北地方にモノが集まれば、日本の他の地域ではモノ不足になる可能性が出て来る。そうなると、今は東北の一部地域の局所的な現象にすぎない「インフレ」が全国に波及してくる可能性は十分にあるだろう。
 為替の円高が一服し、やや円安傾向に触れたことで、国内のガソリン価格などがジワジワと上昇している。百貨店やスーパーなど小売業の2012年2月期決算では多くの企業が好決算を上げたが、その背景には円高メリットが少なからず寄与していた。円安になることで、輸入の割合が急速に高まっている食料品などの価格が上昇する可能性もある。エネルギー価格と食料品の価格が上昇すれば、ここでも「インフレ」圧力が働いてくる。そうなれば20年近くにわたって続いた日本のデフレが、東北発の景気回復によって終焉する可能性も見えてくる。


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